首里城の復元を支えた職人と技|木・瓦・漆、手仕事でよみがえった正殿

更新日: 2026-07-21

2026年11月23日に公開される首里城正殿は、「建物」というより「巨大な工芸品」です。無数の職人の手仕事がどう積み重なったかを知ってから見ると、朱の壁も瓦の一枚も、まるで違って見えてきます。

本記事は復元工事に関する公開情報・報道をもとにした読みものです。工法・材料の詳細には諸説・変更がありうる点をご了承ください。

木 ― 巨木を探すところから始まった

木造建築の復元は、まず「木を探す」ことから始まります。正殿には長さ数メートル、太さ1メートル近い大径材が何本も必要ですが、そんな巨木は現代の日本でも簡単には見つかりません。

平成の復元(1992年)で主要材に使われたタイワンヒノキは、今では入手がほぼ不可能に。令和の復元では国産ヒノキを中心に、沖縄県産のオキナワウラジロガシなども用いられたとされています。県内の山から「首里城のための木」が切り出されて運ばれる様子は、王国時代に山原(やんばる)から木を運んだ歴史の再現でもありました。

瓦 ― 数万枚、県産赤瓦の誇り

正殿の屋根を覆う赤瓦は約6万枚と報じられています(色の読みものも参照)。沖縄の赤瓦は、クチャと呼ばれる県内の泥岩を焼いて作られ、あの独特の朱色は釉薬ではなく土そのものの色です。

2019年の火災後、「瓦をどう作るか」は大きな課題でした。平成の復元で瓦を焼いた職人はすでに亡くなり、当時の配合の再現から始める必要があったからです。県内の瓦職人たちが試作を重ね、原料の配合と焼成を突き止めて量産にこぎつけた——屋根の一枚一枚は、その試行錯誤の結晶です。

漆と彩色 ― 「朱」は一色ではない

正殿の外観を彩る赤は、よく見ると一色ではありません。桐油(とうゆ)や弁柄(べんがら)、漆を使い分けた複数の「赤」が重なって、あの深みが生まれています。

内部や装飾には漆塗りが施され、龍や瑞雲の彩色が重ねられます。高温多湿の沖縄で漆を美しく保つのは本土以上に難しく、塗りの技術者たちの腕の見せどころ。唐破風の金の装飾や龍の彩色は、双眼鏡で見る価値があります(見どころ予習)。

石 ― 大龍柱と石垣

正殿前に立つ一対の大龍柱は、石彫職人による再制作です。モデルとなった歴代の龍柱の資料を読み込み、ノミで石から龍を彫り出していく——完成した姿は正殿の顔として、また参観者を迎えています。

そして忘れてはならないのが、火災でも焼けなかった城壁の石積み。琉球石灰岩の曲線の石垣は、王国時代の石工たちの仕事が今も現役で残るものです。地下の遺構とともに、「本物」が守られている部分でもあります(世界遺産の話)。

「見せる復興」 ― 過程そのものが展示だった

令和の復元のユニークさは、工事現場を隠さず**「見せる復興」**として公開しながら進めたことです。木材倉庫や原寸場、素屋根の見学デッキから、多くの人が「作りかけの正殿」を見守ってきました。

2026年11月23日にお披露目される正殿は、いわば沖縄中が見守った公開制作の完成披露。訪れたらぜひ、屋根の瓦、柱の朱、唐破風の金に目を凝らして、そこに重なった手仕事を想像してみてください。

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※本記事は復元工事に関する公開情報・報道をもとにまとめたものです(情報確認日:2026年7月21日)。

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