テラマーイ|干支で寺を詣る、首里の十二支めぐり
「あなたの干支はなんですか?」——首里では、この質問がそのままお参りする寺の案内になります。
自分の干支(生まれ年の十二支)の守り本尊を祀る寺を詣る風習を、首里ではテラマーイ(寺廻り)、または首里十二支めぐりと呼びます。旧正月や年の節目に、家族の干支の寺を順に回って一年の健康を祈る——観光イベントではなく、今も地元の人が続けている生きた風習です。
十二支と4つの寺
十二支にはそれぞれ守り本尊の仏さまがいて、首里ではそれを4か寺で分担しています。
| 干支 | 守り本尊 | 寺 |
|---|---|---|
| 子 | 千手観音 | 首里観音堂(慈眼院) |
| 丑・寅 | 虚空蔵菩薩 | 盛光寺 |
| 卯 | 文殊菩薩 | 西来院(達磨寺) |
| 辰・巳 | 普賢菩薩 | 安国寺 |
| 午 | 勢至菩薩 | 首里観音堂(慈眼院) |
| 未・申 | 大日如来 | 安国寺 |
| 酉 | 不動明王 | 盛光寺 |
| 戌・亥 | 阿弥陀如来 | 西来院(達磨寺) |
4か寺はすべて徒歩圏。健脚なら半日で全部回れる距離感で、「家族全員の干支」を1日で詣ることもできます。
4か寺の顔ぶれ
首里観音堂(慈眼院)(山川町)は17世紀初頭創建と伝わる観音霊場。高台の境内から那覇の街と海を見渡せます。
西来院・達磨寺(赤田町)は境内のだるま大師像が目印の「だるま寺」。初詣の人気ぶりは首里随一で、首里駅から徒歩約5分と一番立ち寄りやすい寺です。
安国寺(寒川町)は1457年創建と伝わる、550年以上続く「首里のお寺さん」。玉陵のすぐ近くにあり、史跡めぐりと組み合わせやすい立地です。
盛光寺(儀保町)は住宅街の中の静かな寺。観光の喧騒から一歩離れて、首里の暮らしの中の祈りに触れられます。
王家の寺——「三ヶ寺」の記憶
首里の寺の歴史は、庶民の十二支めぐりだけではありません。王国時代の首里には、王家の菩提寺として**「三ヶ寺(さんかじ)」**と呼ばれる格式の寺がありました。
- 円覚寺 — 1494年創建、琉球臨済宗の総本山。歴代国王の位牌を祀った、王家第一の寺(円覚寺跡として復元整備中)
- 天王寺 — 第二尚氏の始祖・尚円王ゆかりの寺。王妃の位牌を祀った
- 天界寺 — 1450年代、尚泰久王の創建。未婚の王子・王女の位牌を祀った
王・王妃・王子女で位牌を祀る寺を分ける——王家の死生観がうかがえる仕組みです。三ヶ寺のうち現存するのは円覚寺跡のみで、天王寺・天界寺は跡地に石碑などが残るだけですが、玉陵や首里城とあわせて歩くと、「王家の祈りの地図」が浮かび上がってきます。
円覚寺の法灯を継ぐ禅寺——万松院
三ヶ寺の物語には続きがあります。当蔵の住宅街に建つ万松院は、1613年に首里円覚寺の住職が隠居寺として開いたと伝わる臨済宗の禅寺。焼失した円覚寺の法灯を、いまに受け継ぐ存在です。
坐禅会や法話会など一般が参加できる集いも開かれており(開催日は公式サイトで確認を)、「見る寺」ではなく**「座る寺」**として首里の禅に触れられます。首里駅から徒歩約8分です。
沖縄戦と再建
首里の寺はいずれも沖縄戦でほぼ焼失しました。いま私たちが見る本堂は、戦後に住職や地域の人々が再建したものです。安国寺の本堂再建は2009年——首里の祈りの風景は、いまも再建の途中なのです。首里城の正殿再建と同じ物語が、まちの寺にも流れています(沖縄戦の記憶)。
回るときの心がけ
- いずれも現役の祈りの場です。ご祈祷や法事の妨げにならないよう、静かに参拝を
- 御朱印やお守りの授与時間は寺ごとに異なります。旧正月前後は特に混み合います
- 御嶽(うたき)の参拝マナーはこちらの読みもので。寺と御嶽が同じまちに共存しているのも、首里の祈りの豊かさです
自分の干支の仏さまに会いに行く——そう決めるだけで、首里さんぽに小さな目的地がひとつ増えます。旅の安全祈願も兼ねて、どうぞ。
※本記事は公開情報をもとにまとめたものです。十二支と寺の対応は一般的な伝承に基づきます(情報確認日:2026年7月21日)。
首里エリアは宿が少なめ。ゆいレールで直結の那覇市内に泊まるのが定番です。
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