首里の獅子舞|十五夜の晩に舞う、汀良町と末吉町のふたつの獅子

更新日: 2026-07-21

旧暦8月15日——中秋の名月の晩。首里汀良町(てらちょう)では、七色の毛をまとった獅子が月明かりの下で舞います。

この汀良町の獅子舞、伝わる歴史はなんと500年以上。沖縄県内で最も古いとされる獅子舞のひとつで、1987年には那覇市の無形民俗文化財に指定されています。

始まりは首里城とともに

言い伝えによれば、獅子舞の始まりは尚巴志が首里城を築いたころにさかのぼります。王は各地から踊り手を集めて汀良町のあたりに住まわせ、その芸能が獅子舞として根づいた——つまり汀良町の獅子は、首里城とほぼ同い年ということになります。

王国時代には、三殿内(みとぅんち)や聞得大君御殿(ちふぃじんうどぅん)といった王府の神事の場でも演じられたと伝えられます。まちの祭りであると同時に、王国の祈りの芸能でもあったのです。

なぜ十五夜に舞うのか

沖縄では、中秋の名月の晩は悪鬼が横行する夜ともいわれてきました。その晩に獅子が舞うのは、月見の余興ではなく魔を払うため。村の御嶽で五穀豊穣と村の繁栄を祈って演じられてきた、由緒正しい厄払いです。

現在も十五夜の前後の晩に、家内安全・商売繁盛を願って町内で演じられています。日程は旧暦基準なので毎年変わります(新暦では9月〜10月ごろ)。見に行くなら、その年の開催情報を確認してから訪ねましょう。

獅子の見どころ——首里手に通じる型

汀良町の獅子は、豪華な七色の毛と、観衆をにらみつける仁王立ちの迫力で知られます。勇壮な立ち回りは、首里の士族が受け継いだ拳法**「首里手(しゅりてぃ)」**——現在の空手の源流のひとつ——の型に習って舞いに発展したと伝えられます。

つまりこの獅子舞には、芸能・信仰・武術という首里の文化が一体になって詰まっているのです。ユネスコ無形文化遺産になった「沖縄の空手」のルーツのまちで、その身体文化が獅子の姿で舞う——と考えると、迫力の意味が変わって見えてきます。

もうひとつの獅子——末吉町の「神獅子」

実は首里で十五夜に獅子が舞うのは、汀良町だけではありません。首里の北・末吉町にも、約250年(18世紀ごろから)と伝わる獅子舞が受け継がれており、こちらも那覇市の無形文化財です。琉球国王・尚泰の冊封を祝う宴で舞を披露した記録も残る、由緒ある獅子です。

末吉の獅子の最大の特徴は、**「神獅子(かみじし)」**であること。獅子はご神体として公民館に祀られ、旧暦8月15日の奉納の舞と町内の練り歩きのときにしか姿を見せず、町の外には出ません。現在は十五夜前後の土曜日に公民館前で開かれる「末吉町十五夜祭」で披露され、集落の祈りの場・野呂殿内(のろどぅんち)への奉納の舞も続いています。

汀良町の獅子が観衆をにらむ勇壮な「舞う獅子」なら、末吉の獅子は年に一度だけ現れる「祀られる獅子」。同じ首里の獅子舞でも性格がまったく違うのが面白いところです。末吉公園・末吉宮を訪ねる機会があれば、この町にひっそり眠る神獅子のことも思い出してみてください。

汀良町を歩く

汀良町はゆいレール首里駅のすぐ北側。ふだんは静かな住宅街で、てぃしらじそば(旧地名「汀志良次」が店名の由来。地名さんぽもどうぞ)で沖縄そばを味わえます。

首里の祭り文化をもっと知りたい方は、姉妹編の首里の旗頭綾門大綱へ。首里城公園の「中秋の宴」など年間行事のガイドもあわせてどうぞ。

見に行くときの心得

汀良町で500年、末吉町で250年——まちの人の手で受け継がれてきたふたつの獅子。十五夜の晩に旅程が重なったら、それはかなりの幸運です。

※本記事は公開情報(首里城公園「首里あるき」・報道等)をもとにまとめたものです(情報確認日:2026年7月21日)。

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